SS<芋虫ハザード>


私はしがない生物学者。
核弾頭が飛び交う第三次世界対戦の真っ只中で、私は政府の人間に強要され、“バイオ兵器”の研究をさせられていた。
そして完成させたのである、この巨大な芋虫を。
たかが芋虫と思って馬鹿にしたものもいるだろう。
だがこいつはちがう。全長3メートルもの巨体で、動きもそこそこ早い。
更にこの芋虫は人間の肉を食料とする。
捕食の際、自分の体液を振りかけ、マーキングすることにより狙った相手の位置を確認して、捕食するまでは必ず逃がさない。
つまり、こいつを大量に繁殖させれば一国を滅ぼすのなんて容易いことなのだ。
なんてったってこいつの恐ろしさについては私のお墨付きである。
何せ今の今まで追われ続けているのだから。

あれは一週間前に遡る。
この芋虫を兵器として実用化させるには、まず体液を採取する必要があった。こいつが狙うのは体液が付いた人間だけなのだから。
そこで、私は取り返しの付かない失敗をしてしまったのだ。
手に、体液が付着してしまったのである。
ゴム手袋をつけていれば大丈夫だという考えが甘かった。やつの体液は、衣類をもすり抜け、皮膚に浸透する。
その時の私はその事を知らなかったのである。

そしてこの一週間、私は奴に追われ続けているのだ。
最初は建物内から出してはまずいと、私が脱出したあとに建物内のシャッターを全ておろして隔離された。
しかし奴は二階にある窓を器用に開けて、建物内から飛び出してきたのである。

私は走って逃げてもいずれは追い付かれてしまうと思い、偶然停まっていたタクシーに乗り込み、とにかく遠くに行ってくれと指示を出した。
後ろにいた芋虫は、同じ車線にいた車の上を飛び移りながら、私が乗っているタクシーとの距離を詰めてきていた。
それをバックミラーで確認したタクシーの運転手は、慌ててスピードを上げてくれた。

しかし他の車両もそれに気づき、逃げようとしてスピードを上げた為、芋虫との距離が開くことはなかった。
私は政府の人間に連絡をいれ、直ぐに逃げる物を用意してくれと頼んだ。

そしてタクシーはそのまま港までむかい、臨時に用意されたボートレース用のボートに乗り込んだ。
海の上なら安全だろうと思ったのだが、奴は水面の上を滑るように泳いできた。

なんて優秀なやつなんだと、誇らしい気持ちの反面、いつ食い殺されるのかという恐怖で動悸がした。
ボートを乗り換えながら逃げ続け、一週間がたった。
その間に、港に大量食料が積み込まれた気球が用意された。

空に逃げられれば安全だろうという考えだろう。
その考えは的中した、奴は空を飛ぶことができず、ひたすら気球の下をついてきていた。
それにしても一週間追い続けられるとは、どうやらあの芋虫に餓死という概念はなさそうだ。
政府の人間も、あの芋虫の強力さが分かったからこんな気球まで用意して私を生き残らせようとしているのだろう。
あの芋虫を作り上げれるのは私しかいないのだから。

下を見ると、兵隊が芋虫を取り囲み、銃を撃ったり火炎放射機で燃やしたりと、色々な手段を試して止めようとしていたが、いずれも意味がなかった。

そして更に一週間、私は気球の上で暮らした。
食料や燃料などの物資はバルーンを飛ばして送られてきた為尽きることはなかった。
そしてある日、政府からもう下に降りてもよいという指令がバルーンを通して伝えられた。
私は下を眺めるしかする事がなかったのでその理由は知っている。芋虫がサナギになったのだ。

やっと下に降りられる、妻や子が待つ家に帰れるのも実に何週間ぶりである。大好きな生物の研究にも没頭できる。
物凄く嬉しいという感情の反面、奴が成虫になったあと、私は今までのように逃げきれるという自信がなかった。