人工知能から感情が生まれることはない。

 

SFの映画や小説で“感情のないロボット”みたいなのが出てきたら、主人公たちと触れあった結果、感情が芽生えた。

みたいな展開は昔から定番になっています。

 

しかし、僕は感情がない人工知能が突然感情を持つというのはあり得ないことだと考えています。

そもそも人工知能が人間の感情や思考を持つことは可能なのか?という点も疑問ではありますが、これらも踏まえ、哲学者サール氏の『中国語の部屋』という話で解説したいと思います。

 

中国語の部屋

密室に閉じこめられたサールに、窓から中国語で書かれた手紙が投げ込まれる。
サールは、英語しか理解できないのだが、
その部屋には、中国語の返信の文章を作り出すための「マニュアル本」が置いてあるので、
サールは、そのマニュアルにしたがって機械的な作業をして、わけのわからない文字を
見よう見まねで書きつづる。
そして、なんとか中国語の手紙を書き終え、その返事を窓から投げ返す。

 

この話は会話するタイプのAIロボットに置き換えることが出来ます。

“部屋”が“ロボット本体”

“サール”が“人工知能

“中国語の文章”が“人間の言葉”

“マニュアル”が“プログラム”

となります。

 

さて、人間が会話する時、自分の発言の意味や、その発言に対する感情等は当然理解してると思います。

しかしこの話に出てくる人間“サールか”は“中国語の文章”の意味を理解しているのでしょうか?また、“中国語の文章”の内容に“サール”の感情が含まれていますか?

 

答えは否です。

部屋の外からみると、部屋の中のサールと、中国語の文章を投げ入れた人間のコミュニケーションは成功しているようにみえますが

“サール(人工知能)”は“マニュアル(プログラム)”に合わせて動いているだけで“中国語の文章(人間の言葉)”の意味は理解してませんし、当然その文章の中に“サール”の感情はありません。

 

つまり人工知能は発言や結果を再現する事が出来ても、その意味等は理解できないのです。

しかし実際に、表面的ではあるけど感情や思考を再現する事は可能です。

例えば意味を理解させたいのなら

饅頭→小麦粉とアンコで作った菓子

といったように、表面的に理解させることはできます。

 

感情も

饅頭→甘い→美味しい→嬉しい

みたいな感じでどんどん分岐していけば表面的には再現してると言えるでしょう。(それでも何処かで矛盾が生じたり、同じ言葉でも違う意味だったりするものを区別するのはかなり難しいでしょうが)

 

しかし感情の再現はコンピューターに「喜怒哀楽」の概念や、その度合いによって起こす言動、AIの性質における行動パターン(性格)などを細かくプログラミングする必要性があると思います。

でもそれはプログラムされた“”感情の再現”であり、何もないとこから感情が生まれたわけではありません。

 

つまり感情という概念をもたないが、学習機能のある人工知能

「友達になる→嬉しい」という事を学習させた所で「友達になるのが嬉しいということはあれやこれも嬉しいんだな!」とか「大切な友達だから私には裏切れない!」みたいに

人工知能SFに有りがちな、ひとつの出来事から突然感情が芽生えるということは、僕はあり得ないことだと思っています。

 

そもそも表面的に感情を再現できても、人工知能に感情を持たせたりは現状では無理だろうし、そもそも人工知能に感情を持たせる意味ないよねってのが僕の意見なのですが、それについては次の機会に書こうと思います。